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長崎地方裁判所 昭和36年(行)4号 判決

原告 吉田惣一

被告 佐世保税務署長

訴訟代理人 樋口哲夫 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原告が被告主張のような各年分についての各確定申告をし、これに対し被告がその主張のような内容の各更正決定をし、さらに、訴外福岡国税局長が原告の請求に対して被告主張のような各審査決定をしたこと、原告が訴外有限会社松風堂らに対し被告主張のような内容で店舗及び住宅を賃貸していること、原告が昭和三二年、昭和三三年、昭和三四年各年分の右店舗及び住宅賃貸借の収入金及び経費に関する記帳をせず、かつこれに関する原始記録をも保存していないこと、原告所有の本件資産が被告主張の頃代価一〇、七〇〇、一〇〇円で競落譲渡されたこと、右資産中建物は昭和二四年四月頃原告が新築し、同土地は昭和二一年三月三日前原告が取得したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、ところで、当事者の主張は、事実摘示のとおりであつて、これによれば、争点は、要するに、(一)原告は、被告主張のような各不動産賃貸借をしているが、原告が現実に受領した貸付料収入は、原告の確定申告額のとおりであつて、右額以上の不動産所得はないにもかかわらず、貸付料債権全額を課税の対象としたのは違法である。(二)昭和三四年分譲渡所得については本件資産の競落代金は、訴外株式会社吉田組の債務に充当され原告は現実の収益を得ていないし、右訴外会社に対する求償権の行使も事実上不能であるから譲渡所得とはならない。(三)昭和三四年分総所得額からは原告主張の医療費額を控除すべきであるとの三点につきるので、以下順次これについて判断する。

(一)  右(一)について

およそ、所得税法所定の課税の対象となる不動産総所得額算出の基礎は、その収入すべき金額の合計金額によるところ、右収入すべき金額とは、法律上収入する権利の確定した金額を指称し、事実上収入の見込みのない債権であつても、その支払期が到来したにもかかわらず、放棄又は免除をせずなお法律上の請求権を留保している状態にある以上、税法上収入する権利の確定した金額というを妨げない。本件においては、前認定のとおり、被告主張のような内容の不動産賃貸借が存し、これについての収入金及び経費に関する記帳がなくかつ原始記録の保管もなされていないのであるから、税務官庁において課税の前提たる所得額の算出に当り当該年分の所得標準率に従つて推計するも己むを得ないものと解するのを相当とするところ、証人今道直也の証言並びに原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、本件各年分貸付料は、遅くとも課税処分時たる昭和三五年一二月五日頃には既に各年分について弁済期が到来し、内一部は原告の他の債務に充当されたがために現実には原告の収入するところとはならなかつたものと認められ、その権利の放棄あるいは免除につき何らの主張も立証もない本件においては、右貸付料債権全額をもつて法律上収入する権利の確定した金額と解するのが相当であり、成立に争いのない乙第四ないし六号証と証人神田正慶の証言とを総合して考えれば、その所得標準率は、昭和三二年は六七%、昭和三三年は店舗につき八〇%、住宅につき七五%(改訂後は店舗につき八〇・八%)、昭和三四年は店舗につき八〇・八%、住宅につき七五%とするのが適正なものと認めるのが相当である(右認定に反する証拠はない。)から、右原所得額に右所得標準率よりもいずれも低い標準率を適用して所得額(その額が被告主張のとおりであることは計数上明白である。)を推計したのは適法である。

従つて、この点に関する原告の主張は失当である。

(二)  同(二)について

仮りに、原告が主張するように訴外株式会社吉田組に対する原告の求償権の行使が事実上不能であるとしても、競落代価そのものが所有権移転の代償に外ならず、その納付の時に原所有者の所得となるものであつて、それが競落人から裁判所に納付され原所有者の手を経ずに代金交付の方法をもつて担保権者に交付されても、その実質的帰属者は担保物の元所有者であり、求償権は、担保権者に代金交付がされてはじめて代位弁済的効果として発生する権利と解すべきであるから、この権利をもつて資産譲渡による代償ということはできない。従つて求償権行使の事実上の不能は、譲渡所得算出につき何ら消長を来たすものではない。

そこで、本件資産の譲渡所得を算出するに、成立に争いのない乙第一ないし三号証によれば、本件建物の建築費は金一、〇〇〇、〇〇〇円、本件土地の賃貸借価額は金三九一円三二銭、これに基く財産税評価額は金一五、六五二円であること、本件建物につき昭和二七年九月金一、二五〇、〇〇〇円の資本的支出がなされていること、および競売手続費用は金一八五、四九九円であることがそれぞれ認められるから、これを基礎にして所得税法並びに資産再評価法所定の方法により算出した取得価額は建物が金一、七七三、七八八円、土地が金六二六、〇八〇円となり、右の合計が金二、三九九、八六八円となることは計数上明白であつて、競落代金一〇、七〇〇、一〇〇円から右取得価額と譲渡経費たる競売手続費用金一八五、四九九円を差引いた額から所得税法所定の一五〇、〇〇〇円を控除した金額の十分の五に相当する金額である金三、九八二、三六六円が譲渡総所得金額となることは計算上明白である。従つて右の範囲内で原告に金三、六一二、二三三円の譲渡所得があると認めたのは適法であり、この点に関する原告の主張は失当である。

(三)  同(三)について

前認定の昭和三四年分医療費控除確定申告額金四〇、六二一円をもつてしては所得税法所定の控除基準額に満たないことが同法上並びに計算上明白であるから、右の控除は認められない。

三、以上説明のとおり、原告の各年分総所得は昭和三二年金一、〇〇九、六九〇円昭和三三年金一、一六〇、九七〇円、昭和三四年金四、七七八、三九三円(前記認定の不動産所得及び譲渡得に当事者間に争いのない給与所得を加算して計数下明白な額)となる筋合であり、右から前認定の各年分の所得控除をして算出した課税総所得額は昭和三二年分金六五九、六〇〇円、昭和三三年分金七九〇、九〇〇円、昭和三四年分金四、五一三、三〇〇円(但し一〇〇円未満切捨。)となる。従つて、これに所得税法所定の税率を適用してした本件各年分税額審査決定により維持された本件各更正決定は、その限度内においていずれも適法である。

そうすると、右の審査決定によつて維持された本件各更正決定の部分中原告の主張額を超える部分の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原宗朝 青木敏行 寺田明子)

目録〈省略〉

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